とっちゃんと こぼちゃんの成長記録(1)
私の息子 とっちゃんは、広汎性発達障害と診断されています。双子の兄、こぼちゃんと二人の双子育児は、毎日が嵐のようでした。今日から、とっちゃんと こぼちゃんの成長の記録を少しずつ書いていこうと思います。
★妊娠後期から誕生まで
とっちゃんと こぼちゃんを妊娠する前、私は、不妊治療を5年間(積極的に治療していた期間)していました。結婚してから二人を授かるまでに8年間かかり、不妊期間は常に「一生子どもが出来ないかもしれない」という不安との戦いで、辛い毎日でした。それでも結婚して8年目に双子を授かりました。とても嬉しかったです。今思うと、この不妊期間は、とっちゃんの障害のことを受け止めるための試練のような気さえします。この経験のおかげで、私は、少し強くなれた気がします。
妊娠してから双胎のための管理入院になるまでは、経過は順調でした。管理入院の少し前から、お腹の張り止めの薬を飲んではいましたが、初産だったため本人は、あまりお腹が張っているとこに気が付かない、のんびりとした妊婦でした。
そして私は29週あたりから双胎妊娠の管理入院で入院しました。その頃には、お腹の張りもかなりあり、張り止めの飲み薬ではもたず、点滴を受けることになりました。以後点滴の機械(正確に薬がおちるための物)がお友だちになりました(苦笑)
35週目くらいで点滴を外し、いつ生まれてもおかしくない状態になりましたが、なんとか1週間もち出産になりました。
★誕生
とっちゃんと こぼちゃんは、2001年10月 妊娠36週と3日で生まれました。こぼちゃんは、ちゃんと下を向いて頭位の状態でしたが、とっちゃんは横になっていて横位という状態だったので、帝王切開での出産でした。
生まれた日は、朝から何やら、こぼちゃんの方が、「出してくれ~!もうきついよ~。」というようにドンドンとお腹を蹴って騒いでいました。(こぼちゃんの位置は、かなり下に下りてきていて数日前から、もごもごきつそうに蹴ったり動いたりしていました。)私自身も何か不思議な勘で「今日あたり出てきそう」と看護師さんに話していたら、夕食後、こぼちゃんの一蹴りで破水。緊急帝王切開になってしましました。
まず先に、こぼちゃんが取り上げられ、「ぷぎゅぎゅぎゅぎゅっ~~~~(私には こんな風に聞こえました。自然分娩と違って突然、外に出されたからかな?)、おぎゃぁ~~~。」と元気に泣き、とっちゃんも「ぷぎゅぎゅぎゅぎゅっ~~~~、おぎゃぁ~~~。」と同じように泣いて出てきました。生まれた時は未熟児だけど、なんの異常もなく、旦那さんと二人結婚8年目で授かった双子の誕生を喜びました。
★0歳から1歳まで
*とっちゃん:1866グラムで誕生しました。保育器に入っている期間も長く、生まれて3週間後の退院でした。とっちゃんは、なぜか縦抱きに こだわり、新米父さん・母さんはとても困りました。自分の子供なのに恐る恐る抱いていた時期、縦抱きなんて、とても出来ませんでした。横抱きでは、どうしても泣きやまないとっちゃん。入院中、看護師さんが赤ちゃんを抱く時に、縦抱きで仕事をしながら面倒を見ていたのを思い出し、旦那さんと「もしかして?」と身体が大きいお父さんが挑戦!すると、だんだんお父さんの縦抱きに馴染み、お父さんに抱っこされると泣きやむようになりました。(今思うと、赤ちゃんながら、こだわりがあったように思います。)
この頃のとっちゃんは、泣き出したら止まらない、激しい泣き方をする赤ちゃんでした。それは、言葉が出るようになるまで続きます。私は、私の抱っこでは泣きやんでくれない とっちゃんに、どうしたらいいかわかりませんでした。また今思えば 赤ちゃんのころから、視線の合わない目の合わないとっちゃんでした。そしてあまり笑わない赤ちゃんでした。
母乳&ミルクは、双子だったため母乳が足らなかったのか、ミルクのほうが良くなりあっけなく断乳。以後ミルクでグングン育っていき6ヶ月ごろには、標準に追いつきました。
首のすわり、寝返り、お座りと、こぼちゃんより遅めで、ハイハイに至っては、とっちゃんは ほとんどしないまま、つかまり立ちを経て(こぼちゃんが、つかまり立ちを始めたので一緒にベビージムに つかまり立ちをさせていたら出来るようになった。)1歳の頃には とっちゃんも歩き始めました。
双子たちが、9ヶ月から11ヶ月の3ヶ月間、旦那さんの単身赴任で、職場の研修がありました。その間研修先が遠かったため1ヶ月に1回の割合で帰って来ていました。1回目の帰省の時は、とっちゃんは お父さんを見て、それはもう嬉しそうな笑顔で、お父さんがいる間ニコニコして機嫌がとても良かったです。しかし2回目からは、お父さんの顔を見るなり、不機嫌になり、お父さんに寄りつきもしなくなりました。それは、研修から帰って来てからも同じで、帰ってから1ヶ月くらいは、お父さんを拒否しているかの様でした。こんな小さいのに覚えているのかと驚きました。その後、もともとお父さんっ子だった とっちゃんは、少しずつお父さんっ子に戻り、「母よりお父さん」で過ごしていきます。
*こぼちゃん:2152グラムで誕生しました。保育器からは比較的早く出て、生まれて2週間後の退院でした。こぼちゃんは、横抱きでも良かったので、新米母は、とっちゃんを敢えて縦抱きをすることなく、いつか横抱きに慣れてくれるだろうと二人を同じように抱いていました。こぼちゃんは、私の抱っこにも慣れて、抱くと泣きやんでくれました。おしゃぶりも好きで、よくおしゃぶりをしていました。
母乳&ミルクは、双子だったため、母乳が足らなかったのか、ミルクのほうが良くなりあっけなく断乳。以後ミルクでグングン育っていき6ヶ月ごろには、標準に追いつきました。
首のすわり、寝返り、お座りと こぼちゃんの方が早かったです。ハイハイは、出来るようになったとたん自分で移動できるのが楽しいのか、あちこちにハイハイしていきました。ハイハイから自然に、つかまり立ちををするようになり、1歳の頃には、先に こぼちゃんが歩き始めました。
こぼちゃんはお母さんっ子で、お父さんの研修中も あまり変わらず過ごしていました。
双子だったため父、母それぞれが お父さんっ子、お母さんっ子を自然と面倒を見ることになってしまった0歳から1歳の時期でした。(ただし旦那さんが仕事から帰ってからのこと。昼間は母が一人で面倒を見ていました。)
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