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2006年8月の19件の記事

2006年8月31日 (木)

診断前(2)

★こだわりが出始める(2005年9月頃)

 「ことばの教室」に行き始めた頃から、とっちゃんの言葉が増えてきました。「ことばの教室」が刺激になったのか、今まで ただグズって大泣きしていたことの理由を話し始めたのです。
 
 例えば、風邪で小児科に行き順番待ちをしている時、側に赤ちゃんが来るだけで「赤ちゃんキライ!赤ちゃんキライ!」とつぶやき始めました。そして順番を待っている間中「赤ちゃんキライ!赤ちゃんキライ!」が続いたのです。もう待合室にいれないくらいでした。また、お店で誕生日のプレゼントのおもちゃを選んでいた時、赤ちゃんが近づいて来ただけで、「あっちいけ!ぼくのおもちゃだぞ!あ~赤ちゃんに取られちゃう~。」と混乱し始めました。
 
 他には、家族で車に乗り出掛けている時、信号が赤になり止まると「何で止まるんだ!!早く動け!!」と信号が青になり車が動くまで怒り続けました。
 
 保育所の帰り道では、保育所の横に白線をまたいで止まっている車があると、一歩も進めませんでした。手を引いて車を追い越そうとしても、抱っこして先に行こうとしても、ものすごい勢いで泣き叫びました。私は何が何だかわかりませんでした。
 この他にも、何度言っても着替えをしない、ご飯の時間になっても遊びたがり大泣きをする、双子の兄弟に暴力を振ったり、「大キライ」と言う、パニックになっている時は自分で自分の頭を叩くなど、あげたらきりがないほど問題が出てきました。これでは生活が成り立たないほどでした。

*こだわりのその後

*赤ちゃんキライ…とっちゃんも大きくなったので、保育所で赤ちゃんに譲ることを先生に求められ始めたためだったのではないかと思います。保育所の先生からも、そんなお話がありました。今は、すっかり赤ちゃんキライとは言わなくなりました。今では「赤ちゃん大好き」だそうです。

*赤信号で怒る…それからずいぶん時間をかけて、赤信号で進んだら危ないこと、事故になっていまうこと、赤信号で止まることは交通ルールで決められていることを話し続けました。何ヶ月かがたった頃やっと納得してくれました。「赤は止まれね。」と言っています。

2006年8月29日 (火)

とっちゃんのためには…

 今日は、我が家の双子達は、夏休み中の預かり保育に行ってきました。朝、二人とも それぞれ好きなお友だちの名前を挙げて、「きょうは○○さんは、いるかな~。遊べるかな~。」と言いながら幼稚園に。(双子達が通っている幼稚園では、お友だちを男の子も女の子も「さん」づけで呼びます。)
 幼稚園に着くと、さっそくこぼちゃんに「遊ぼ~!」と声がかかります。こぼちゃんは、ニコニコ顔。しかし、とっちゃんは、遊びたかったお友だちから「きょうは、○○ちゃんと遊ぶから。」と言われてしまいました。お友だちとしては、先に○○ちゃんと遊ぶ約束をしたから遊べない…ということなのかもしれません。でも、とっちゃんは それでもまだ「○○さんと遊べる?」と聞いて来ます。「とっちゃん、相手のお友だちも一緒に遊びたいって言ってくれないと遊べないんだよ。」と答えたものの、とっちゃんの気持ちを考えると胸が痛みます。
 以前にも、夏休みの預かり保育の時に、こぼちゃんの仲良しのお友だちから「とっちゃんは、一人で遊んでね。」と言われた、ということがありました。その時は、預かり保育に来ていた人数も少なくて、ただいつも仲良くしているお友だちと遊びたい、ということだったのかもしれません。そう言われて、とっちゃんは素直に一人で遊んで、その後 先生の所に遊んでもらいにいったそうです。その時も、まだ怒ったり、悲しんだりする様子はなかったのが救いでした。
 
 こんなことがあると、とっちゃんの気に入らないことがあると、すぐ怒るところとか、おもちゃの取り合いで手が出て相手のお友だちを叩いてしまったり、ひっかいてしまったりすることとか、嫌なことがあると「バカ、大嫌い」と相手に言ってしまうことが、お友だち関係に影響しているのかな…と悩んでしまいます。
 
 自閉症の子どもは、社会性が育つのが遅いと言われています。社会の常識とか、ものの概念が理解しにくく、なかなか分かってくれません。今、なんとか分かってもらえるように、その都度話をしていますが、まだまだです。一方、こぼちゃんは、そんなに教えたつもりもないのに「人を叩いたらいけないんだよね。バカとか大嫌いって人に向かって言ってはいけないんだよね。おもちゃの取り合いになったら、我慢するもん。」など言います。
 
 1から教えないと分かってくれないとっちゃんと、自然に分かっていっているこぼちゃん。家でも、もちろん「叩いた、押した」「バカ、大嫌いって言った」「おもちゃを取られた」のケンカがあります。もちろん一方的に、こぼちゃんが被害を受けています。それでも、こぼちゃんは、手を出さないし、バカとかキライとは言いません。そして最後には、謝ってくるとっちゃんを許して一緒に遊びます。
 
 なんとか、いけないことを分かってほしいと思うと、このすぐ手が出る悪いところや、バカとか大嫌いとか人に向かって言うところが気になります。でも…、気になるけど…その都度、いけないことだと教えていって理解してやめてくれるのを待つしかないんだと思うようになりました。とっちゃんの出来ないことばかり気になってしまうと、つい怒ってばかりになります。だからもう、出来ないところばかりみるのは止めようと思います。それより、とっちゃんの良いところをほめて、認めて、とっちゃんが安定するように支えてあげた方が、とっちゃんも安定して、この問題行動も少しずつ収まるかもしれないと、ふと思いました。人って誰も「いけない」と言われ続けたら辛いですから…。今日の幼稚園での寂しそうなとっちゃんを見て、そう思いました。少しでも、とっちゃんが安定して楽しい生活が送れるように助けてあげようと思います。
 

診断前(1)

★3歳児健診(3歳6ヶ月のころ)

 私は、3歳になったころから、とっちゃんと こぼちゃんの違いが気になりだしました。クレーンの指さしをインターネットで調べて「自閉症」のホームページに行き当たりショックを受けました。しかし、この時は「自閉症」について何もしらなかったため言葉がないことが多いという記述に「とっちゃんは言葉もでてるし…大丈夫…」と思おうとしていました。それでも発達に何か障害があるのかも…?という漠然とした不安が消えず、ADHDの本を書店で見つけ読んでみたりもしました。旦那さんに相談すると、「こんな子、昔もいたよ~」と言われ、私も「そうかな?」と思いつつ「何か違う…」と感じながら二人を育てていました。仮に何処かに相談に行くとしても、この時は相談するところが思い浮かびませんでした。

 そんな頃の健診です。健診前に問診表が送られて来ました。3歳児健診では、事前に家庭で視力の検査、聴覚の検査をしておかなければなりませんでした。
 
・視力、聴覚の事前検査
*こぼちゃん
 こぼちゃんは何の問題もなく、私達の言うことを理解し検査してくれました。結果も問題はなさそうでした。
 
*とっちゃん
 とっちゃんは、この事前検査が全く出来ませんでした。指示がわからないのか、ふざけているのか話にならないくらい出来ません。今思うと指示が分からなかったのだと思います。そして何をするのか分かってなかったのでしょう。私は旦那さんに「相談に行くところを聞いてみる。」と言いました。彼も「そうしよう。」と言いました。
 
・3歳児健診 当日
*とっちゃん
 いざ検査に行くと、服を脱いで体重と身長をはかるだけで大騒ぎで、大泣き状態です。とっちゃんが自閉症なのを考えると、この時はいつもと違う場所で服を脱ぐということが、とても怖かったのだと思います。これから何をされるのだろうと思ったのでしょう。そして診察を受けた医師から、あっけなく「視線も合わないし、簡単な質問(名前と年齢を言う)も答えられませんね。軽度精神発達障害が疑われます。検査を受けてください。」と言われました。こちらから相談に行くところを聞く必要もなく、検査に行くことになりました。
 
*こぼちゃん
 このときのこぼちゃんは、さっさと服を脱いで体重と身長をはかりました。医師の診察での質問にも しっかり答え、看護師さんからは「おりこうさんね~」とお褒めの言葉までもらってしまい、二人の違いがはっきりとしてしまいました。
 
 3歳児健診で発達の遅れを指摘され、本当なら落ち込むところなのかもしれませんが、この時、私は相談に行く場所が決まりホッとしたのを覚えています。
 
★児童相談所(2005年8月)

 昨年の夏、3歳10ヶ月の時 検査のため、児童相談所に行きました。この時は、とっちゃんは私達 両親から離され別室で、発達の検査を受けました。私達は、今までのとっちゃんの成長について質問に答え、気になること、心配なことを話しました。
 そして出た判定は、「正常か正常でないかということであれば、どちらかといえば正常です。」という微妙な判定でした。そして「全体的に約10ヶ月の遅れがあり、言葉の遅れがみられます。」とのことで「ことばの教室」を紹介されました。今、考えると明らかに「あなたの息子さんは、グレーゾーンです。」と言われていたのですが、その当時、私達は「どちらかといえば普通なのね…。」と安心しました。
 あと4ヶ月後に、“広汎性発達障害”と診断されるとは、思いもしませんでした。

2006年8月26日 (土)

とっちゃんと こぼちゃんの成長記録(4)

★3歳から4歳まで

 3歳から、双子たちを保育所へ一時保育に出すことにしました。私は家事の時間が取れるし、子ども達は外で遊べてストレス解消になるし、幼稚園の前の集団生活に慣れるためもあり週1日預かってもらうことにしました。私達が住む地域では、ありがたいこと理由にかかわらず週3日は、一時保育で預かってくれました。この時点では、4月から3年保育で幼稚園に出す予定だったので、週1日の一時保育でした。

○全体的な様子
*とっちゃん 
 とっちゃんは、このころイヤイヤ期の真っ直中、指示も通らず、こぼちゃんに比べて怒られることが多くなっていました。そのストレスのはけ口は、こぼちゃんへと向かい(叩く、噛みつくなど)、そしてまた、両親に怒られると こぼちゃんに八つ当たりするようになっていました。私達親は、それを見てますます怒るという悪循環で、とっちゃんはだんだんストレスを溜めていっていたのかもしれません。この頃、とっちゃんの笑顔が少なくなっていました。

*こぼちゃん
 3歳3ヶ月頃になると、こぼちゃんは意志の疎通が取れ始め、会話が楽しめるようになり、物事が分かってきたな~と感じるようになりました。また、一日生活する上で必要な指示が分かるようになり、イヤイヤ期も収まって聞き分けが出来るようになって楽になってきました。

○トイレトレーニング
 4月には幼稚園に入園させる予定でしたが、オムツが二人とも取れず、幼稚園に相談したらオムツは取って来てください…というようなことを言われ、4月からの幼稚園は断念して、もう一年一時保育で頑張って行こう(週3日に増やしました)ということになりました。
 
*こぼちゃん
 一時保育に行き始めて、こぼちゃんは保育所では、完全に布パンツで過ごせるのに、家では布パンツを嫌がりはいてくれませんでした。「どうしてかな?お友だちはみんなお家でも布パンツだよ…」と私がつぶやいたのを聞き「え?本当!!ボクみんなもオムツだと思ってた!」とショックを隠しきれない顔をするので、「そーだよ~。どうして君たちは、布パンツはいやなの?」というと「布パンツにする!!」と宣言して、その日を境に、あっさりオムツは卒業しました。(ウンチはまだオムツの中に…でしたが。)

 先におしっこのオムツは取れていたこぼちゃんでしたが、ウンチはなかなかトイレでは出来ませんでした。そうこうしているうちに とっちゃんの方が先にウンチをトイレで出来るようになってしましました。なんでも先に出来ていたこぼちゃんは、自分がウンチをトイレで出来るようになるまで悔し涙にくれていました。
 
*とっちゃん
 とっちゃんは、母のつぶやき(「どうしてかな?お友だちはみんなお家でも布パンツだよ…」)にも知らん顔で、一向にオムツを外す気もなく、外出先でおしっこがオムツにいっぱいになって漏れてズボンを濡らしてしまっても、気持ち悪いとも言わずにいました。(漏れる前に替えてあげたら…って当然なのですが、水分を多く取った時など、あっという間に、オムツがパンパンってことが多かったです。まだおしっこに関係する身体の機能が整ってなかったようです。)
 
 このままでは、この夏に はずれないと、布パンツの中に布オムツを入れてみたり、パンツのままにしてお漏らしさせてみたりしても効果無し。とうとうお父さんが、お漏らししたらおしりペンペンの強硬策に出ました。一時保育の日以外は毎日一緒にすごく私が同じことをすると、かえって逆効果かと思い厳しい指導は父に任せ、私はひたすらお漏らしをしたら、「気持ち悪いでしょ。汚いね。」と言い聞かせで対応していました。こう書くとやさしいお母さんのようですが、毎日のこと時々切れて怒ってしまうことがありました。(ごめんね。とっちゃん…)父の愛のムチと私の叱咤激励(?)で、こぼちゃんから遅れること3ヶ月で ようやくオムツが取れました。とっちゃんはウンチも同時に取れ(ちょうど下痢をしている時で、オムツだとおしりにべったり付くのがいやで、トイレで出来てからはトイレで出来るようになりました。)ウンチも同時に完了でした。

2006年8月24日 (木)

とっちゃんと こぼちゃんの成長記録(3)

★2歳から3歳まで

*とっちゃん
・母子手帳の2歳のところを見ると、とっちゃんの母子手帳には、よく大声を出すこと。歩き方がぎこちないこと。自分で食事を食べる意欲のないこと。食べず嫌いが激しいこと。と心配なことが記入してあります。
 今思えば、この大声も自閉症の奇声に当てはまるものではないかと思います。この頃、一人で、よくくるくる回っていました。こぼちゃんも真似てまわってはいましたが、とっちゃんほど頻繁にしなかったので、真似だったのかなと思います。
 相変わらず、お父さんっ子で何でもお父さんと!の日々でした。
 
・食事は、自分では食べず、お父さんから食べさせてもらっていました。(お父さんっ子だったため夕食は父とペアでした。朝食や昼食は、自分で食べるられるパン、おにぎり、おかずなどにしていました。)好き嫌いも激しく、離乳食の頃は食べた物も受け付けなくなり、白ご飯と果物しか食べない時期がありました。でも食欲はあったので、ご飯を三杯はおかわりし、どんどん大きくなっていきました。
 
・歩くことは苦手で、少し歩いては、お父さんに抱っこをせがみ、抱っこしてもらわないと動かないなど、動くことが好きではありませんでした。とっちゃんの場合、目立った多動はなかったです。(ただ落ち着きはなかったです。)それだけでも私達は楽だったと思います。
 
・遊びの面では、積み木を積むことを、こぼちゃんは1歳6ヶ月以前には出来ていたのに、とっちゃんは積み木を ずっと積もうとはしませんでした。それが突然2歳4ヶ月のときに角をピシッと揃えて積んで驚きました。「この子はこうしたかったから、今まで積み木をつむことをしなかったんだ。」と思ったものです。お絵描きも、こぼちゃんはどんどんなぐり描きをして楽しんでいるのに、いろいろな物を描いて、とせがまれるだけでした。
 
・言葉の面では、2語文が出たのは、2歳8ヶ月頃と遅かったです。
 
・魔の2歳児の「イヤ、イヤ」は しばらくなく、こぼちゃんが始まったので、いつ来るか!と思っていましたが、こぼちゃんが「イヤ~~!!」と怒って泣いている間も一人、ぽよ~んとしていました。(「イヤ、イヤ」が始まってからはすごかったですが…)
 
・そして、こぼちゃんと一番違うことが、この頃現れました。指さしのクレーン現象です。こぼちゃんは自分で指をさすのに、とっちゃんは指さしが現れず、クレーンでの指さしでした。2歳代から3歳半頃までが、頻繁に出ていました。
 また、2歳前ごろから、とっちゃんが こぼちゃんに噛みつくようになっていました。二人にしておくと、必ずこぼちゃんが泣きだし、昼間の間の家事が出来なくなってきました。 
 
 
*こぼちゃん
・食事は、上手にスプーンを使っていました。自分で食べられるものは進んで食べてくれました。好き嫌いも ほとんどありませんでした。

・歩くことも大好きで抱っことも言わず、母に手を引かれ歩いていました。
 
・遊びの面では、こぼちゃんは 積み木を積むことを1歳6ヶ月以前には出来ていました。お絵描きも、こぼちゃんは、どんどんなぐり描きをして楽しんでいました。
 
・言葉の面では、こぼちゃんは2歳2ヶ月で2語文が出ました。こぼちゃんも少し遅めだったと思います。
 
・よく言われる魔の2歳児の「イヤ、イヤ」は、こぼちゃんは1歳の終わりから2歳代がピークでした。この時期だけは、こぼちゃんの方が大変だったと思います。
 
 
 トイレトレーニングは、2歳6ヶ月頃からの遅めのスタートでした。二人とも2歳代では、はずれませんでした。この頃は、パンツオムツのまま時間が来たらトイレに誘うという方法をとっていました。双子なので私に余裕がなく、無理しても失敗した二人を怒るだけになると可哀想なので、オムツのままのトレーニングでした。
 

2006年8月23日 (水)

とっちゃんと こぼちゃんの成長記録(2)

★1歳から2歳まで

*とっちゃん
・赤ちゃんの頃から、ともかく何でも舐めていました。この頃は、誰でも何でも舐めるとは思いますが(こぼちゃんも舐めてはいたけど、ともかく舐めかたが違うというか…。)本や柱まで舐めて、かじったのにはビックリしました。

・この頃になると、お父さんがお休みの日に仕事に行くことがあると、お父さんが帰ってくる間30分でも(職場が近かった)ずーと激しく泣き、「はわわ、はわわ~」と泣くので、旦那さんと「はわわ泣き」と命名したくらいでです。こうなると母ではダメで、私では、なぜ泣きやんでくれないのかと悲しくて、私も泣いていました。
 
・言葉は、とっちゃんは1歳6ヶ月で「まんま」と言い、その後なかなか言葉が増えませんでした。「お父さん・お母さん」も、なかなか言ってくれませんでした。とっちゃんは、お母さんが言えるようになってから、なぜかお父さんを「お母さん」と呼んでいました。しばらくは、「こうちゃんのお母さん、(父のことを)ぼくのお母さん」と言っていました。もしかしたら、本当に勘違いしていたのでは?と思うほどのお父さんっ子ぶりでした。
 
・遊びの面では、積み木がなかなか積めなかったです。そのほか、自閉症特有のものは、この頃はあまり出てなかったと思います。
 
 
*こぼちゃん
・こぼちゃんは1歳2~3ヶ月頃から少しずつ話し始めました。こぼちゃんは、最初にイチゴを「いち」と言い、その後「いち」が転じて自分の好きなものになり、イチゴの「いち」と両方使っていました。
 1歳半の時に、私が実家に帰らなくてはならなかったため(私の祖母が亡くなったため)初めて双子達と離れました。その時、私の写真を握り、私を指さして「いち…」と言ったそうです。そして、その後すぐ私のことを「お母さん」と呼んでくれました。
 
・遊びの面では、積み木を1歳6ヶ月より前には積めるようになりました。積み木を積んでは、手をたたいて喜んでいました。
 
・こぼちゃんは、イヤイヤ期の始まりが、1歳の終わり頃からでした。最初に こぼちゃんが「イヤ~!」と言い出した時は、とっちゃんは まだ ぽよ~んとしていたので、かえってこの頃は、こぼちゃんに手を焼いていたと思います。

2006年8月22日 (火)

とっちゃんと こぼちゃんの成長記録(1)

 私の息子 とっちゃんは、広汎性発達障害と診断されています。双子の兄、こぼちゃんと二人の双子育児は、毎日が嵐のようでした。今日から、とっちゃんと こぼちゃんの成長の記録を少しずつ書いていこうと思います。
 
★妊娠後期から誕生まで

 とっちゃんと こぼちゃんを妊娠する前、私は、不妊治療を5年間(積極的に治療していた期間)していました。結婚してから二人を授かるまでに8年間かかり、不妊期間は常に「一生子どもが出来ないかもしれない」という不安との戦いで、辛い毎日でした。それでも結婚して8年目に双子を授かりました。とても嬉しかったです。今思うと、この不妊期間は、とっちゃんの障害のことを受け止めるための試練のような気さえします。この経験のおかげで、私は、少し強くなれた気がします。
 
 妊娠してから双胎のための管理入院になるまでは、経過は順調でした。管理入院の少し前から、お腹の張り止めの薬を飲んではいましたが、初産だったため本人は、あまりお腹が張っているとこに気が付かない、のんびりとした妊婦でした。
 そして私は29週あたりから双胎妊娠の管理入院で入院しました。その頃には、お腹の張りもかなりあり、張り止めの飲み薬ではもたず、点滴を受けることになりました。以後点滴の機械(正確に薬がおちるための物)がお友だちになりました(苦笑)
 
 35週目くらいで点滴を外し、いつ生まれてもおかしくない状態になりましたが、なんとか1週間もち出産になりました。
 
★誕生

 とっちゃんと こぼちゃんは、2001年10月 妊娠36週と3日で生まれました。こぼちゃんは、ちゃんと下を向いて頭位の状態でしたが、とっちゃんは横になっていて横位という状態だったので、帝王切開での出産でした。
 
 生まれた日は、朝から何やら、こぼちゃんの方が、「出してくれ~!もうきついよ~。」というようにドンドンとお腹を蹴って騒いでいました。(こぼちゃんの位置は、かなり下に下りてきていて数日前から、もごもごきつそうに蹴ったり動いたりしていました。)私自身も何か不思議な勘で「今日あたり出てきそう」と看護師さんに話していたら、夕食後、こぼちゃんの一蹴りで破水。緊急帝王切開になってしましました。
 
 まず先に、こぼちゃんが取り上げられ、「ぷぎゅぎゅぎゅぎゅっ~~~~(私には こんな風に聞こえました。自然分娩と違って突然、外に出されたからかな?)、おぎゃぁ~~~。」と元気に泣き、とっちゃんも「ぷぎゅぎゅぎゅぎゅっ~~~~、おぎゃぁ~~~。」と同じように泣いて出てきました。生まれた時は未熟児だけど、なんの異常もなく、旦那さんと二人結婚8年目で授かった双子の誕生を喜びました。

★0歳から1歳まで

とっちゃん:1866グラムで誕生しました。保育器に入っている期間も長く、生まれて3週間後の退院でした。とっちゃんは、なぜか縦抱きに こだわり、新米父さん・母さんはとても困りました。自分の子供なのに恐る恐る抱いていた時期、縦抱きなんて、とても出来ませんでした。横抱きでは、どうしても泣きやまないとっちゃん。入院中、看護師さんが赤ちゃんを抱く時に、縦抱きで仕事をしながら面倒を見ていたのを思い出し、旦那さんと「もしかして?」と身体が大きいお父さんが挑戦!すると、だんだんお父さんの縦抱きに馴染み、お父さんに抱っこされると泣きやむようになりました。(今思うと、赤ちゃんながら、こだわりがあったように思います。)
 この頃のとっちゃんは、泣き出したら止まらない、激しい泣き方をする赤ちゃんでした。それは、言葉が出るようになるまで続きます。私は、私の抱っこでは泣きやんでくれない とっちゃんに、どうしたらいいかわかりませんでした。また今思えば 赤ちゃんのころから、視線の合わない目の合わないとっちゃんでした。そしてあまり笑わない赤ちゃんでした。
 母乳&ミルクは、双子だったため母乳が足らなかったのか、ミルクのほうが良くなりあっけなく断乳。以後ミルクでグングン育っていき6ヶ月ごろには、標準に追いつきました。
 首のすわり、寝返り、お座りと、こぼちゃんより遅めで、ハイハイに至っては、とっちゃんは ほとんどしないまま、つかまり立ちを経て(こぼちゃんが、つかまり立ちを始めたので一緒にベビージムに つかまり立ちをさせていたら出来るようになった。)1歳の頃には とっちゃんも歩き始めました。
 
 双子たちが、9ヶ月から11ヶ月の3ヶ月間、旦那さんの単身赴任で、職場の研修がありました。その間研修先が遠かったため1ヶ月に1回の割合で帰って来ていました。1回目の帰省の時は、とっちゃんは お父さんを見て、それはもう嬉しそうな笑顔で、お父さんがいる間ニコニコして機嫌がとても良かったです。しかし2回目からは、お父さんの顔を見るなり、不機嫌になり、お父さんに寄りつきもしなくなりました。それは、研修から帰って来てからも同じで、帰ってから1ヶ月くらいは、お父さんを拒否しているかの様でした。こんな小さいのに覚えているのかと驚きました。その後、もともとお父さんっ子だった とっちゃんは、少しずつお父さんっ子に戻り、「母よりお父さん」で過ごしていきます。
 
こぼちゃん:2152グラムで誕生しました。保育器からは比較的早く出て、生まれて2週間後の退院でした。こぼちゃんは、横抱きでも良かったので、新米母は、とっちゃんを敢えて縦抱きをすることなく、いつか横抱きに慣れてくれるだろうと二人を同じように抱いていました。こぼちゃんは、私の抱っこにも慣れて、抱くと泣きやんでくれました。おしゃぶりも好きで、よくおしゃぶりをしていました。 
 母乳&ミルクは、双子だったため、母乳が足らなかったのか、ミルクのほうが良くなりあっけなく断乳。以後ミルクでグングン育っていき6ヶ月ごろには、標準に追いつきました。
 首のすわり、寝返り、お座りと こぼちゃんの方が早かったです。ハイハイは、出来るようになったとたん自分で移動できるのが楽しいのか、あちこちにハイハイしていきました。ハイハイから自然に、つかまり立ちををするようになり、1歳の頃には、先に こぼちゃんが歩き始めました。 
 
 こぼちゃんはお母さんっ子で、お父さんの研修中も あまり変わらず過ごしていました。
 
 双子だったため父、母それぞれが お父さんっ子、お母さんっ子を自然と面倒を見ることになってしまった0歳から1歳の時期でした。(ただし旦那さんが仕事から帰ってからのこと。昼間は母が一人で面倒を見ていました。)

2006年8月21日 (月)

講演会

 8月18日(金) に、私達が住む地域で「発達障害」についての講演会があり行って来ました。「発達障害」についての講演会を聞くのは初めてで、どのような事を話されるのか、とても楽しみでした。
 
 講師である田中康雄先生は、「発達障害」を持つ子供への愛情が感じられる素敵な先生でした。先生の「発達障害」が引き起こす問題に対して説明は明快で、素人である親でもわかりやすかったです。先生は「発達障害」を持つ子どもを支えて行こう!というテーマで、明るい前向きな考えを語られ、終始 明るい雰囲気の魅力的な講演会でした。本当に来て良かったと感じる講演会でした。
 
 本当は講演会の内容を紹介出来れば良いのですが、私は内容をまとめるのは苦手なので、私が心に響いた講演会の中の言葉をいくつかを紹介します。

○ひとりひとりが持つ“素の良いところ”を褒めて・認める。
 
○習得に時間をかけ、適切な援助をし続ける。
 
○発達障害は病気やケガではなく、一生つき合う自己の一部。
 
○発達障害に対する治療とは、「その人にある力を使って生きることが肯定される」こと、その上で「生きがいを感じる心」が育まれるような「正しい理解に基づいたあと一押しの支援」をすること。
 
○障害への対応とは、どんどん出来ることが増えること、問題を克服していくことが目標ではない。
 
○自分の応分の力で「適当にやり過ごしながら」前向きに、しかし密やかな ささやかなよろこびを持ちながら生きることである
 
○「生きること」それは個としてでなく、育ちあい 学びあい 支えあい 赦しあうという共生のお互い様の関係のなかで成立させていくことである
 
 私が、とっちゃんを育てる上で、忘れてはならないことばかりです。ここ最近、とっちゃんが落ち着いてきたので、今のうちに、もっと社会に適応するようにと、我慢を教えようとしたり、間違った行動をした時は厳しく怒っていました。講演会を聞いて反省しました。
 とっちゃんが発達障害だと分かった時、まず最初にしたことは、「褒める」ことでした。そして発達障害は一生つき合うものだと思い、焦らずゆっくりいこうと思いました。このブログの名前も、焦らずにゆっくりいこうという気持ちから付けました。でも…忘れてしまう、というか、焦りが先に立っていました。本当に良い時期に良い講演会を聞けたと思います。(この講演会があることは「ことばの教室」のSTのF先生から聞いたのですが、本当に良い講演会を教えて頂いて感謝!!です。)
 初心を忘れず、とっちゃんの良いところを褒めて、とっちゃんの持っている力を引き出すよう支援をすること。困ったことは、そのときどき対策を練って追いつめないように適当にやり過ごしながら、前向きに頑張って行くこと。改めて初心を忘れないようにしようと思いました。
 
 それから、「望ましくない行動」を止めさせるには、どうしたらよいかというの質問の先生の答えに、目からウロコが落ちました。先生の答えは「本人の止めるというやる気がなければ無理です。それなりに戦略をを練って、止めるとシールがもらえたり、シールがたまるとご褒美がもらえる。という方法もいいと思います」というものでした。
 「本人の止めるというやる気」がなければ無理ですって「そっか~そうだよね~。話して聞かせても、怒っても本人に止める気がなければ止めないよな…私が止めさせてたくっても止めないよね。」納得の一言でした。考えてみれば分かることなのに、それに気がつかないほど、止めさせることを焦っていたんですね。反省です。これからは、まずちゃんと戦略を練ります!!
 
 最後に、この講演会は平日の昼間にあったのですが、旦那さんと二人で行ってきました。仕事を午後から休んで行ってくれました。感謝です。
 
*講演会概要*

*演題
「わかってほしい!発達が気になる子のこと~保護者・関係者のネットワークで支える子育て~ 
*主催
地域のこども発達支援ネットワーク会議
*講師
北海道大学大学院教育学研究科教授
附属子ども発達臨床研究センター 児童精神科医 田中康雄 先生
   田中康雄先生は、先週あったNHKの「ハートをつなごう」(テーマ:発達障害) にも出演されていました。 
 
 
 

2006年8月17日 (木)

オレ

 こぼちゃんが急に自分のことを「オレ」と言い出した。幼稚園で見たボウケンジャーのビデオに影響されたらしい。うちでは、見たことがないので二人とも興奮気味に、「ボウケン赤!」とか言っている。それって「ボウケンレッドじゃないの?」と言うと「あっそっか!ボウケンレッド!!ヤー!」なんてポーズを決めている。
 それにしても 「え~もうオレなんて言うの?」と思いながら、「オレって誰のこと?」と聞いてみた。すると頼りなさそうに、あってるよね?と言う顔をしながら「オレってボクのこと!」という返事。あってる?と言う顔をするので、頷くと満足そうに笑った。すると横にいたとっちゃんが「オレ~オレ~~♪」(マツケンサンバ)と歌い出してこぼちゃんも一緒に二人で歌い出した。とっちゃん、「オレ」って、マツケンサンバじゃないよ~(笑)

2006年8月16日 (水)

我慢

 病院での出来事(8月14日のブログ記事)があってから、“我慢”について考えるようになった。発達障害を持っていることが、わかってから我慢させることを、私はためらうようになっていた。いまのレベルに合わないことを求められて出来ないことが、とっちゃんにとっては、苦痛でしかないと思ったからだった。
 でもそれでいいのかな?と私は心の底で引っかかっていた。言葉の理解も少しずつ進み、物事には良いことと悪いことがあることを、分かり始めているような今、“我慢”を教えて行かなければならないのじゃないかと…。
 病院での出来事があってから、今すぐには、わからないかもしれないけど、“我慢”を教えていこうと決めた。もちろん発達障害の特性で、どうしようもないもの、例えば幼稚園などでの保護者がたくさん集まる行事(とっちゃんにとっては、いつもと違って大勢の人がいるのが、たまらなく怖い)での不安やパニック、急な予定変更などへの不安・小さなパニックなどは我慢してと言って我慢出来るものではないから我慢の対象に入れないで、日常の小さな“我慢”から教えていけたらと思う。
 まずは、とっちゃんが“我慢”出来たら、思いっきり褒めてあげよう。もちろん一足先に“我慢”を覚えつつあるこぼちゃんが“我慢”出来た時にも…。

2006年8月14日 (月)

決心

 双子たちは、先週風邪をひいて、ずっと夕方になると微熱が出ていた。とっちゃんはそれに加えて「耳が痛い」と言っていた。双子たちがかかりつけの小児科の先生は、耳が痛いと言うと耳も診て炎症が軽いと抗生剤で様子を見てだめなら耳鼻科へと言ってくれる先生で、以前も抗生剤で様子を見てるうちに治ったことがあった。なので耳を診てもらおうと事前の問診で話していた。…が、もともと耳に違和感があり、過敏になっていたので、一緒に行ったお父さんが抱っこで羽交い締めにしないといけないほど、泣きわめいて暴れてしまった。さずがに先生に「暴れすぎ!ちゃんと言い聞かせておいて!!」と言われてしまった。
 悪い行動があった時に“悪いことは悪い”と話すのが鉄則なので、病院を出て車の中で、とっちゃんに話をした。しゅんとなり「わかった。」と言ってくれたが、私も反省した。病院にも慣れているし、以前も耳を診てもらったことがあるということで、説明不足だったかも…。
 このことは私達にも教訓になった。慣れていても、事前に説明は、しっかりとすること。(とかく、上手くいっていると忘れてしまいがち)それがとっちゃんにとっても、親にとっても楽に済むことなのだ。
 それにしても、もう年齢的なくずりで終わる年ではなくなったということを実感した出来事だった。小児科の先生にも障害のことをいつ話そうかと考えていたが、話さなければならない時が来たみたいだ。これからは、ちゃんとどこでも説明しないといけないだろう。翌日、小児科の先生へはがき大の紙に障害名と昨日のお詫びをかいたメモを作った。いつ熱を出して病院に行ってもいいように。そして、病院で泣いたり、嫌がったり、暴れたりしないように、とっちゃんとコミュニケーションを取る絵付きのメモも作った。この2つは、かばんの中に入れておこうと思う。しばらくは病院に行くことがないといいなぁ。

2006年8月12日 (土)

4歳児の工作

 夏休みのお気に入りの遊びは、お絵描きと工作。
 今日は、こぼちゃんがハンバーガーをお絵描きして作り、その後、紙飛行機を作りたいと言いだしたので一緒に折った。それが割と良く飛んだので、こぼちゃんはご機嫌で紙飛行機で遊び始めた。
 一方とっちゃんは、お絵描きでピザを作っていたが、こぼちゃんの紙飛行機を見て自分も欲しいと言い出した。こぼちゃんは大きいのがいいとお絵描きに使っているA4の紙で作ったけど、とっちゃんは折り紙がいいと言い、折り紙で折った。すると何を思ったか紙飛行機を折るのは母に任せ、何かを作り始めた。折り紙の切れ端で筒のような物を作って出来上がった紙飛行機に付けていくとっちゃん。私が「重くなって飛ばないよ。」と言っても「大丈夫!絶対飛ぶって!!」と妙に自信満々で付けていく。いざ飛ばして見るとポテっという感じで落ちてしまった。「何で~」と言うとっちゃん。話を聞くと、どうも自分達が持っている飛行機のおもちゃのような格好にしたかったみたいだ。彼の中では飛行機の形はこうだ!と思っていたらしい。だから絶対飛ぶと思っていたようだった。 
 ちょっと飛行機っぽくなったとっちゃんの紙飛行機を見たこぼちゃんは、「ボクも!」と言って同じように付けようとしたけど私が「重くなって飛ばなくなるよ」と止めたら素直に止めた。しかし、何か付けたかったらしく、後ろの方にロケットのような炎を描き、「これで早く飛ぶんだ!」翼にも何か付けて…「格好良くなったでしょ」とウキウキである。
 
 そうこうしていると、紙飛行機は諦めたとっちゃんが、今度は折り紙でピアノとカメラを「折って」と言う。一度言い出したら聞かないので、さっさと折っていると、こぼちゃんも当然「ボクも~」。先にカメラをGetしたとっちゃんは、小さい紙に何かを描いている。「とっちゃんとお母さんの笑った顔~♪」とご機嫌。折り紙のカメラに挟んで写真に見立てていた。
 それを見たこぼちゃんも負けじと描こうとするが、上手く描けなくて母に助けを求めて来た。「ボクとお母さんの笑った顔を描いて!」描いてあげるとニコニコで、折り紙のカメラを向け「お母さん笑って~」でパチリ。真似したり、張り合ったりしながらも、ご機嫌な二人を見ていると、幼稚園に行くようになってから、私とこんな風に遊ぶことが少なくなっていたことに気が付いた。夏休みの間、とっちゃんとこぼちゃんと私、笑って遊ぶ時間をいっぱい取れたらいいなと思う。

2006年8月11日 (金)

支援

 とっちゃんのこと(発達障害)が分かってから、相談をしている県全域の発達障害者支援センターとは別に、私達が住んでいる地域のサポートセンターに新たに支援をお願いすることになった。
 子供達が小学校に入学する前に拠点を決めて落ち着くために、来春引っ越しを計画中で、それに伴い幼稚園を転園しなければならないため、発達障害を持った子供を受け入れてくれる幼稚園を探すために相談したのだが、とても素早く対応して頂き、しかも幼稚園の見学も付き添ってくれるという。とても嬉しい。親だけで行くとなるとかなりの緊張がある。今回の幼稚園入園も、親子共々緊張と不安でいっぱいだった。今回の入園は今住んでいる場所で(うちは一応、転勤族?です)、ある程度知り合いもいて、幼稚園の様子やお友だちも双子たちが知っているお友だちもいたので、入園の時にとっちゃんの障害について支援センターの方から幼稚園の先生方に説明をしてもらい、あとはなんとかなった。
 しかし今回は、まったくの知らない土地、お互いの実家があるわけでもなく私達は不安でいっぱいだった。
 それが、サポートセンターのコーディネーターさんに幼稚園との間に入ってもらえるという。悩んでいたのでホッとした。この前お会いしたコーディネーターさんは、とても穏やかな感じの方で、この障害のことを理解されている方だった。
 
 とっちゃんに、発達障害があるとわかってから、この障害に理解のある人に出会うと、とても嬉しくなる。今まで発達障害者支援センターの方々、とっちゃんが通っている“ことばの教室”の先生(いつも毎日の生活のなかでの療育のヒントをくださる、やさしい先生)とお会いして、なんとかここまでやってこれた。
 発達障害には、この障害を理解してもらうことが一番なのだけれど、一見普通に見えるので理解してもらうことは難しい。だから支援をして頂ける方に出会えるのは、とてもすごいことで、支援をして頂けることに、感謝をしている。
 
 支援をして頂いているかたへ、この場をかりて…いつもありがとうございます。こらからもよろしくお願いします。

2006年8月10日 (木)

夏休み

 双子達は今年から幼稚園の年中組、今は初めての夏休み中。
 双子達が通っている幼稚園は夏休み中も預かり保育があり、親が働いていなくても午後4時前まで預かってくれる。なので夏休みに入っても預かり保育で幼稚園に行っていた2人(だってプールがあるんだもん♪…とっちゃん・こぼちゃん)。最近、夏の疲れが出たのか2人とも風邪を引き、調子が悪い。とっちゃんは、熱がスッキリ下がらず、夜になると熱がでたり、こぼちゃんの方もスッキリ熱が下がっていたのに、昨日は夕方微熱が出たり…夏の疲れかな~。こんな時は無理をせず家で2人を見るしかない!と、どっぷり夏休みである。

 そうすると、やっぱり2人はケンカを始めた。理由は、最近2人のお気に入り、ポケモン事典の取り合い。とっちゃんが先に見ていたのだが、こぼちゃんも同じ時に見たくなったらしい。なかなか見たいページが見つからず、とっちゃんが見終わらないのでイライラしてきたこぼちゃんは、ついにとっちゃんからポケモン事典を取り上げてしまった。一緒に見ようとしてもイヤだと言うこぼちゃん。…怒るとっちゃん(当然)。とっちゃんは、怒ったカード(とっちゃんのため作った怒ったときの意思表示の絵カード)を取りだし、私には困ったカードをくれた。「ぼくは怒ってる!お母さんは困ってる!もうすぐ怒るカードになるよ!」(とっちゃん)
 こぼちゃんは、自分の中に溜めていた感情が爆発し、ギャンギャン泣き始めた。 こぼちゃんは泣いて主張することが多くて泣き勝ちのところもあるので、「ちゃんと理由を言わないと、分からないから、お母さん知らないよ。」とちょっと突き放してみた。すると、泣くのを抑えながら「ぼくは怒っている、とっちゃんに!」「ポケモンの本ずっと見てる」というようなことを説明した。(ちょっと前まで説明出来なかったのに、ちゃんと説明出来た。成長してます。)確かに、こぼちゃんはポケモン事典でお目当てのポケモンを見つけるのが上手い。だからって取り上げていいものでもない。「ポケモンの本は2人のだから、なかなか見られなくても取り上げたらいけない。とっちゃんは、まだポケモンを見つけるのか苦手だから、待っていよう。」というようなことを話した。最後は抱っこで、なんとか機嫌を直したが、夏休みで2人引っ付いていると、ケンカが増えるんだろうな~。ちなみに、この間とっちゃんは、母がこぼちゃんを怒ってくれたと思い、ご機嫌で大好きな絵本を見ていた。すでにポケモン事典は手放している。オイオイ。
 でも2人にとって兄弟は思う存分自分を出せる相手でもあり、仲裁してくれる母もいる。まっ、夏休みくらいケンカの仲裁も悪くない。しかし、最後の抱っこは、なんとかならないかな~。母は若くないから腰が痛いんですけど…

2006年8月 9日 (水)

ドライブ♪

 昨日は病院に行って来ました。風邪と(咳は)ぜん息が出ているそうで、お薬をもらって来ました。ちょっと前までは、薬を飲むことも大変だったけど、今は「苦いからイヤだ!」とは言うものの、きつい時にはそれほど抵抗無く飲んでくれるようになりました。きっと薬を飲むと病気が治ることを学んだのだと思います。薬を飲んだ後にアメを要求することも無くなりました。すごい進歩です。

 病院へは40分弱かかり、ちょっとしたドライブです。とっちゃんはドライブが大好き。車の外を眺めながら「ガガーシャベルがあったよ~(シャベルカーのこと)」「クレーン車だ!」「ごみ収集車だ!!」と喜び、退屈になると私にクイズまで出して始終しゃべりどおし…。寝不足で運転する時は、ありがたいくらいです。一方こぼちゃんは、車に乗るとすぐ「寝てもいいですか?(なぜか敬語)」と聞いてから爆睡。この前、こぼちゃんと2人で出掛けたら、ものすごく静かで思わず、「話していいよ~」と言ったほど。そのこぼちゃんに「とっちゃんは、ものすごいおしゃべりだよね。」と言うと「だからボクは、うるさくてねられないんだよ~」と言っておりました。(笑)

2006年8月 8日 (火)

明日は病院

 とっちゃんが熱を出した。ものすごい高熱ではないものの(37.9℃)、咳も出て、かなりキツそう。この週末、こぼちゃんの方が熱を出していた。金曜日に幼稚園で37.7℃あり、夜には38.5℃まで上がった。とっちゃんにうつるかな~とは思っていたが、やっぱりうつってしまった。
 明日は(日付が変わっているので、もう今日)夏休み中の幼稚園の行事で“親子木工教室”があり、簡単なおもちゃを作るはずだった。親子で参加なので、こぼちゃんにはかわいそうだがお休みするしかない。明日は片道40分かけて病院だ。(近くに小児科がないので隣接する市まで下りて行く。つまり山の中に住んでいます。)

2006年8月 4日 (金)

やさしいね~

 うちの双子達は、言葉が遅かった。ふつうに発達していると思われるこぼちゃんも、会話で意志の疎通が出来るようになったと感じたのは、3歳3ヶ月頃。そんなに早いほうじゃないことは確かだと思う。

 一方、とっちゃんはというと、こぼちゃんと同じように感じたのは、つい最近のこと。話が通じるようになったなぁと、このごろしみじみ思う。こんな日がくるなんて…、大げさかもしれないけど、ここまで長かった。これからのことを思うと、まだまだ先は長いけど、家の中で生活していく分には、困ることがないくらいに成長してくれた。ほんとに涙が出るくらいうれしい。(時々、いや、もっとひんぱんに、いたずら、おふざけをして困らせるけど…)
 今、うちは、たとえ障害があっても、今までにないくらい平和で楽しく笑って暮らしている。

 昨日、夕食のデザートとして、とっちゃんの大好きな“果物”のキウイを、食卓に出した。果物好きなとっちゃんのため、うちの旦那さん(つまりお父さん)が自分のキウイを半分、とっちゃんのお皿に入れてあげていた。そしたら「ありがとう。やさしいね~♪」と父に、かわいくお礼を言っていた。その姿がとてもかわいらしくて笑ってしまった。こんなことも話せるようになったかと嬉しかった。

 こぼちゃんはというと、同じ日、とっちゃんが、蚊にさされたところをとてもかゆがっていた時(感覚過敏で半端じゃないかゆがり方をする。)手のあいてなかった私は、側にいたおじいちゃんに虫さされに効くシール(状の薬)を貼ってもらうよう頼んだ。そして、貼ってくれたおじいちゃんに「ありがとう。」とお礼をいって、とっちゃんにも「ありがとうは?」とお礼を言うように言うと、側にいたこぼちゃんが、なにを思ったのか「うちのとっちゃんにシールを貼ってくれてありがとうございました。」と丁寧にお礼をいったのには、側にいたみんなは爆笑してしまった。(もちろん、後でとっちゃんも「ありがとう。」といいました。)
 うちの双子達は、ほんと全然違います。

2006年8月 2日 (水)

「ぼくの!!」「ぼくがする!!」

 今年の春から、幼稚園の年中組に入園した双子たち。こぼちゃんの方は、目立ったトラブルも無く仲の良いお友だちも出来た様子で一安心。しかし、とっちゃんの方は、何かと小さなトラブルがあり、とっちゃん自身も、そのトラブルに怒ったり、悲しんだりと忙しい。

 今日は、幼稚園のお気に入りの絵本を、先に他のお友だちが持っていたらしく、「ぼくの本を取らないで!!」と取り上げようとしたらしい。とっちゃんの発達障害のことは話してあるので、先生が止めに入ってくれて、「幼稚園の本は、みんなの本だからね。仲良く交代で見ようね。」と話してくれて、その時は「あとで見るね。」とおさまったらしい。1つのトラブルだけで終わればよかったのだけれど、その後またトラブルが起きてしまった。
 今は夏休みで幼稚園は預かり保育なのでお弁当を持っていっている。暑いので、涼しい職員室で、子供たちのお弁当を保管していている。そのお弁当箱が入った箱を、運んできたお友だちを見た途端、また「ぼくが持ってくる。とらないで!」と、またもや“ぼくが…”になってしまったらしい。続けて思い通りにならなかった彼は、少しパニックになり、「幼稚園のお友だち、いや!」となってしまったようだ。先生が、すぐ別の部屋に連れていって落ち着かせてくれて、その後は、何事もなく終わったようだけど、話を聞くだけで、ため息が出てしまう。
 
 こんな場合、どうサポートしてあげたらよいか、正直わからない。ただ、むやみに自分勝手なことをいってはダメとは言えない。とっちゃんには、自分の好きな物や好きな事には、こだわりがある。そのこだわりは、不安な気持ちを抑えるために出ていることもある。ただ、私に出来ることは、先生と同じように、「幼稚園の本は、みんなの本だからね。見れなかったね。残念だったね。みんなのだから順番で見ないとね。」と言うしかない。お弁当の話は、とっちゃん本人は、「運べなくて、悲しかったの。」と言っていた。今までは、自分の気持ちを「悲しい」と表現することさえ難しかったことを思えば、成長しているのだけれど…。今はトラブルがあった、その都度、話して聞かせて行くしかないのかなぁ。ゆっくり見守ってあげないといけないのかな。トラブルが起きるたび悩んでしまう。どんな言葉をかけてあげたらいいのか…。ともかく彼を責めないように「ゆっくり…、ゆっくり…」そう自分に言い聞かせている。

2006年8月 1日 (火)

広汎性発達障害について

 広汎性発達障害については、専門的はことは、たくさんの本やHPなどで知ることが出来るので、ここでは発達障害を持つ子供の母親である私の言葉で、広汎性発達障害について文章にしてみたいと思います。誤った表現などありましたら、ご容赦願います。

 “広汎性発達障害”とは、自閉症と自閉症に近い障害群を総称するグループ名で、自閉症スペクトラム(連続的集合体)と読みかえている専門家もいます。広汎性発達障害は「自閉症とその周辺群」という意味で、広汎性発達障害の子供にも「三つ組」の障害を前提にした支援が有効であると本には書かれています。また自閉症もアスペルガー症候群も広汎性発達障害に含まれ、支援するにあたっては、高機能自閉症とアスペルガー症候群を厳密にわける必要はないとする専門家もいます。専門家によって意見や考え方によって違うようです。
(「三つ組」の障害とは、社会性の障害、コミュニケーションの質的障害、イマジネーション障害の3つを指します。)
 
 私は“広汎性発達障害”=“自閉症スペクトラム”もっと簡単にいえば“自閉症”と考えています。うちのとっちゃん(双子の弟:広汎性発達障害の4歳児)の行動は、自閉症の特徴を分かって初めて理解できました。それまでは、「何で、こんなことするんだろう。何で分かってくれないのだろう。」と不思議で不思議で、たまりませんでした。診断を受けてから、もちろん診断を受け入れるまで、いろいろな感情がありましたが、本を読んで勉強をしていくうち、「???」だった彼の行動が、“自閉症”というキーワードで、「あぁ、そういうことだったのか。」と納得出来てしまった(!?)のです。
 
 “自閉症”は、脳の特性から起きる発達のかたより(発達障害)です。幸い私は、双子の母親で、しかもひとりは、ごくふつうなので“しつけがなってない”とか“愛情不足”など責められることは、ありませんでした。その点でいえば、こぼちゃん(双子の兄:ごくふつうの4歳児)は、その存在だけで私を助けてくれています。そして、発達の遅いとっちゃんと、毎日一緒にいて遊んでいるだけで、とっちゃんには刺激になり発達を助けてくれています。双子ということで、大変な面もありますが、それ以上に恵まれていると感じています。とっちゃんにとっては、模倣出来る相手が常にいるわけで、母親の私にとっては、とっちゃんの同年齢の子供より弱い部分や違いが、はっきりと分かるわけで、それは、これからとっちゃんをサポートしていく上で、サポートしていく部分をわかりやすくしてくれています。
 そして、“自閉症”の症状について簡単に説明すると…
①社会性の障害
・一般的な常識や概念、ルールなどが身に付きにくい。
・人とのかかわり方が一方的で、場違いなことがある。
・相手と気持ちを共有することが難しい。
・視線が合わない。など
②コミュニケーションの質的障害。
・自分で話すほどには相手の言ったことはわからない。
・オウム返しやひとりごと、場面にあわない話を突然話す。
・ことばをことば通りに受け取っていまう。
・ことばの音に過度の注意が向いてしまう。
・クレーン現象(例えば、自分で指さしをせず、相手の指を使って指さしをさせる等)
・何回も同じ事をいったり、気になることを何回も質問をする。
・混乱したときの理解力の低下。など
③イマジネーション障害
・新しいことや見通しのもてないことが不安。
・考えや気持ちをリセットすることが苦手。
・思いがけない出来事に混乱しやすく、応用がきかない。
・興味がかたよる。(自分の好きなキャラクターなどこだわりがある)
・いつもどおりが好きで、強いこだわりがある。
・パターン的な行動だと身に付きやすく、記憶が得意など
○その他の症状
・不注意で落ち着きがない。
・姿勢を保つことが運動能力として苦手で姿勢が悪い
・音・光・手触り・痛み・寒さ・暑さ・臭いなどへの感覚の過敏な反応
・偏食
…などがあります。

 これからブログをしていく中で、日常の生活の中で、とっちゃんが自閉症であるがゆえに困っていることや、どんなサポートをしていったらいいか、またとっちゃん、こぼちゃんの成長やかわいい話などを、のせていけたらと思っています。

*参考文献:高機能自閉症・アスペルガー症候群「その子らしさ」を生かす子育て
        吉田友子

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